2021年12月23日 (木)

クリスマスシーズンの風物詩:クリスマスツリー

10月以降、感染収束の状況が続き社会経済活動も活発化してきている矢先、変異株のオミクロン株の脅威が迫りつつあります。

昨日(12月22日)の報道では、空港での水際対策をすり抜けて、海外渡航歴や濃厚接触者と交流のない方にも感染が確認され、市中感染拡大のリスクが高まってきている模様です。

人流の増えるクリスマスや年末年始の直前になって不安が広がります。

 

一昨年から続くこの新型コロナウイルスの感染拡大は、先行き不透明な時代を生きる私たちの柔軟性や適応能力を試すストレス・テストのようです。

柔軟性を発揮してテストをクリアしていくには、現状への適応と先行きを読んだチャレンジが必要です。

 

来年は、新たなチャレンジの年です。

1つには「国際保健医療福祉プログラム」の開設です。

現在、新型コロナウイルスの感染拡大で海外との人の往来は途絶えていますが、オンラインによる交流は益々発展していくでしょうし、在日外国人の保健医療福祉サービスに対応し得る人材の育成も課題です。

2つ目は2023年度に開設する「国際教育学部」の準備です。

これは聖隷学園のグローバル構想の一環として、グローバル時代に生き活躍する子どもたちの育成に向けた教員養成をめざすものです。

なお2023年度には「国際教育学部」と「社会福祉学部」に「公認心理師コース」を開設し、学部横断の教育プログラムとする計画です。

 

クリスマスシーズンの風物詩、聖隷学園のクリスマスツリーが今年も光り輝いています。

世界は今、新型コロナウイルスの感染拡大や貧困、紛争、難民、環境問題など暗い時代です。

しかし暗がりの中にこそ光を見出すことができます。

新しい年が光りを見出し得る年でありますように!

 

 

今年1年も、学長ブログをお読みいただき、ありがとうございました。

来年1月号からは、少し趣向を凝らしたいと思っています。

引き続きよろしくお願いいたします。

2021年11月22日 (月)

2年ぶりの上京

先日、約2年ぶりに上京しました。都内で開催された日本産婦人科学会主催の「親子の愛着形成についての勉強会」にお呼びいただき、赤ちゃん(新生児)の神経行動発達と、発達及び親子関係の支援について講義を行うためでした。

いささか躊躇しつつも、幸い感染状況は低レベルが続き、講義会場からのオンライン配信ということもあって、意を決して向かうことにしました。これまでの行動範囲は自宅と大学の往復だけでしたので、久しぶりに社会の空気を直に吸える喜びと興奮を覚えました。とは言え、感染に対する不安もあって、人込みや接触を避ける用心深さも無意識に振る舞いに出ているようでした。

私の感覚で“混雑している”と感じる状況を100と数値化した場合、朝9時過ぎの浜松駅は30、新幹線内は30で、私の3列シートの横の席は空席で前後列に一人ずつが座っている程度でした。東京駅に着くと100近くに跳ね上がって、首都圏では私の想像に反して社会経済活動がかなり活発に正常化に向かっていると実感しました。一方、周囲の方々がきちんとマスクを着用し、要所には消毒用アルコールが置かれ、換気やシールド配置が徹底されており、日本人の規律正しさを改めて感じました。

11月22日現在も、国内の感染状況は低レベルが続いています。一方、政府は第6派に備えて、ワクチンの3回目接種、医療体制の整備、飲み薬の確保、子ども(12歳未満)へのワクチン接種、ワクチン・検査パッケージなどの対策を打ち出しています。しかしこれからも一人ひとりが基本的な感染予防対策を継続し、自分自身と他者への思いやりと節度ある行動を大切にすることが必要です。日本人のまじめさや規律、清潔感、思いやりの心が、第6波襲来のリスク低減につながると思います。

先の日本産婦人科学会主催の勉強会で私は、赤ちゃんの生まれもつ力(能動的行動能力、個性、社会性)とあたたかい心の育児についてお話をしました。赤ちゃんは生まれつき、あたたかい心をもつ社会的存在です。その力を失わないよう大切にはぐくむことが、人間が感染症などの危機に襲われた時、その強さをあらわすでしょう。

2021年10月25日 (月)

「メメント・モリ(memento mori)」

9月末から秋セメスターが始まり1ヶ月が経ちました。

幸い、授業の開始とともに、新型コロナウイルスの感染状況は収束傾向にあります。

このままの状況が続くことを願いつつ、油断しないようにもしなければならないと思っています。

 

コロナの感染拡大が始まって2年が経過しようとしています。

2年前、これほどまでに長期化し、各方面に影響が及ぶとは考えず楽観的であったと思います。

今日もまた、何人が感染し、何人が重症化し、何人が死亡したと報道されています。

集団としての数値であまり実感が湧かないのですが、当事者一人ひとり、あるいはその身内の方々一人ひとりを思うと悲しみや喪失感を覚えます。

 

(私事で恐縮ですが)私もこの間、コロナ感染ではありませんが、身内と親友を亡くしました。

コロナ禍ということもあって、「何もしてやれなかった、できなかった」「手を握ってお別れを言いたかった」と悔やまれてなりません。

ふとしたことで故人を思い出します。

「お前は生きよ、役割を果たせ」と言われているようです。

“生命”はなくなりましたが、その“命”は今も私のなかに生き続けています。

“生命”と“命”の違いに言及されたのは、中川米蔵先生(医学哲学・医学史・倫理学、大阪大学名誉教授)であると聞きます。

“生命”は生物学的あるいは身体的な死生観、“命”は人間のうちにある“魂”と考えます。

故人の魂としての“命”は今も私の中に生きつづけ、私を励まし傍にいるように感じます。

 

「メメント・モリMemento mori(ラテン語)」という言葉も思い出します。

「死を忘れることなかれ」という教えです。

死を見つめることは、より良く豊かに生きることにつながるということです。

人間は死にゆく存在である。

そう認識することで、与えられたこのかけがえのない“命”を大切に輝かせ、次世代につないでいきたいと思います。

2021年7月27日 (火)

宇宙船地球号

散歩道、月を眺めながら“行ってみたいなぁ”と思いを馳せ、テクテク歩くのが私の楽しみのひとつです。

 

4月30日、立花 隆さんがお亡くなりになられました。

立花さんと言えば、まだ私が中学生の1974年、当時の首相であった田中角栄氏の金脈問題を追及(田中角栄研究)し退陣に追い込んだ、国家権力に立ち向かう気鋭のジャーナリストという強い印象をもちました。

その後1985年に、「宇宙からの帰還 」(中公文庫)が出版されます。

それを手にした私は、“あの(田中角栄研究の)立花さんが科学の最先端の本も書かれるのか”と驚きとともに、宇宙から地球を見てみたいという憧れを抱きました。

 

訃報に接し、改めて「宇宙からの帰還 (新版)」(中公文庫)を購入しました。

口絵の「月面からみた地球」をみて、「暗黒界に浮かぶ地球はこんなにも美しく神々しいものなのか」と当時大きな衝撃を受けたことがよみがえります。

この本は、宇宙飛行士でしか実体験し得ない宇宙での経験が、その人の精神性や人生観にどのように影響したかをインタビューにより描き出したものです。

ジェミニ9号(1966年6月)で地球軌道を飛び宇宙遊泳も行い、アポロ10号(1969年5月)で月回周軌道を飛び、アポロ17号(1972年12月)で月面探検という3度の異なる宇宙経験をしたジーン・サーナン(Eugene Cernan)は、「肉眼で見る地球と写真で見る地球は、全くちがうものだ。・・・・・永遠の闇の中で太陽が輝き、その太陽の光を受けて青と白にいろどられた地球が輝いている美しさ。これは写真では表現できない。」と本書の中で述べています。

地球からでは味わえない、宇宙を実体験した人にしか得られない感覚と知覚、精神的衝撃があるのでしょう。

 

奇しくも、7月11日には米ヴァージン・ギャラクティックのサブオービタル宇宙船SpaceShipTwo VSS Unityに6人のクルーが搭乗し、続けて20日にはブルー・オリジンが開発したニューシェパードに4人が搭乗して、宇宙飛行に成功しました。

いよいよ宇宙旅行の幕開けとは言え、私には現実的に難しいでしょう。

「宇宙からの帰還」は私にとって、宇宙から地球の眺めを実体的な想像に導き、地球への畏敬を抱き、精神世界を深める偉大な遺産です。

 

地球では世界平和と共生の祭典「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会」が開幕しました。

「人間はみな同じ地球人なんだ。国がちがい、種族がちがい、肌の色がちがっていようと、みな同じ地球人なんだ。」(ジム・アーウィン(James Benson Irwin)、1971年7月アポロ15号で月面着陸)。

私たちは宇宙船地球号の乗組員です。

宇宙からの視点で地球を見、考えることを忘れ無いようにしたいものです。

立花 隆さんのご冥福をお祈り申し上げます。

2021年6月28日 (月)

ワクチン接種の期待と油断

7月21日から始まる東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会は、新型コロナウイルスの感染拡大のため開催が危ぶまれましたが、政府の「安全安心の大会」「新型コロナウイルスに打ち勝つ世界の団結の象徴」​というスローガンのもと、不条理とも思える方針で開催が決定されました。その足元では、首都圏を中心に感染再拡大(第5波)の予兆が見られ始めています。世論は賛否両論、変異株(デルタ株やさらなる変異)の猛威と感染再拡大の不安が募ります。しかし開催するからには、アスリートのbest performanceを期待したいとも思います。

 

頼みの綱はワクチン接種です。迫る東京2020大会も見据えて、ワクチン接種が加速し、企業や大学でも始まりした。1日当たり100万回を超える状況だと報道されています。本学も病院や施設、地域等での実習もあることから、グループ病院のご協力のもと、その効果とリスクを理解した上で希望者にワクチン接種を始めています。しかし、ワクチン接種後も感染リスクがあります。変異株の蔓延が懸念されます。コロナウイルスは、身近に辛抱強く潜んでいることを忘れてはなりません。最大のリスクは油断です。

 

学内ではこの春セメスターも通常の教育を守り、無事に2/3を終えることができました。ここまでの学生皆さんの感染予防の取り組みと、教職員の教育・指導に頭が下がる思いです。「油断大敵」を肝に銘じ、このまま日々の学修が守られることを願うこの頃です。

 

2021年5月31日 (月)

同窓会総会に参加して

昨年来、この学長ブログではコロナ禍でのいろいろな思いを綴ってきました。もうコロナのことはと思いながらも感染拡大が収まらないどころか、ここ浜松では罹患者数が数日連続して過去最多を更新し、26日には市独自の警戒宣言が発令され、そのことに触れずにはいられません。現在大学では、感染予防と水際対策を徹底しながら通常の授業形態を継続していますが、状況の早期把握と判断、オンライン等への切り替え等の準備を怠らないようにしています。学生並びに教職員の皆さんの感染予防の取り組みに、頭が下がる思いです。

 

そのような中、15日に大学同窓会総会がハイブリッド形式で開催され、同窓会顧問の私も出席いたしました。この3月で卒業生・修了生の数は、1969年に開学した「浜松衛生短期大学」、及び1978年に開設された「福祉医療ヘルパー学園」から数えて13,782名となります。そのお一人お一人が同窓会活動に参加され、また本学の建学の精神である「生命の尊厳と隣人愛」を大切に地域の保健医療福祉を支えておられます。

 

総会では、コロナ禍での学生の経済的支援として新たに特別給費生制度などをご検討いただきました。すでに同窓会奨学金やサークル活動支援、留学補助支援などの制度もあり、手厚いご支援に感謝の言葉もありません。本学は、このように多くの卒業生・修了生の方々に支えられている大学であり、それが本学の大きな財産と強みでもあります。これからも同窓会との強い絆とパートナーシップのもと、皆様の期待に応え得る人材育成を進めて参ります。

 

毎年11月に開催されるホームカミングデーでの再会を楽しみにしています。今年は11月6日です。その頃にはワクチン接種が進み、感染も収束に近づいていることを願っています。

 

2021年4月27日 (火)

コロナ禍の2度目の春を迎えて

今年も桜の季節を迎えました。コロナ禍の社会の実相とは異なり、自然の恩恵を感じます。昨年も桜の花びらが美しく舞っていましたが、学生の姿のないキャンパス、寂しい心持ちであったことを思い出します。今年は、通常とは言えないまでも、活気が戻り生命の息吹を感じます。このまま、日々の生活と学習が守られることを願うばかりです。

 

大学礼拝も、学生が秩序だって間隔を空けて着席し、始めることができています。ほとんどの学生が初めての経験で、緊張の面持ちです。宗教は英語で「religion」ですが、その語源は「religio」で、「結び合わせる」「連結」という意味があるそうです。礼拝を通して神様(の言葉)と結びつき、また友人や教員との絆を深めることができればと思います。

 

人は苦難の時、孤独に陥ります。そのような時、つながりや救いを求めます。私も礼拝に出席し、時に卓上の聖書を開くと、不思議に勇気づけられる言葉や教えに出合い、新たな気づきを与えられます。先日は、以下の言葉が目に留まりました。

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「わたしたちは知っているのです。苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。希望はわたしたちを欺くことはありません。(ローマの信徒への手紙5章3節~4節)」

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苦難に対して忍耐強く立ち向い、学びを通して知性を磨き精神的に練達した人に成長できる。そうすることで希望も生まれるということでしょう。

 

コロナウイルスの変異株が拡大し、感染第4波が迫っています。苦難の時、時に一人静かな時間を過ごし、目には見えないつながりから何かを学びとって希望を見出してほしいと思います。

 

2021年3月29日 (月)

2020年度卒業式・修了式:保健医療福祉・教育の時代を拓く現代のクリストファーへ

昨年2019年度の卒業式・修了式は、新型コロナウイルスの感染予防のため、ご家族の出席はお控えいただき、大変遺憾でした。今年度の方針を「コロナ対策会議」で検討し、ご家族1名の出席として執り行いました。人生の大切な節目をご家族とともに祝福できたことは、また保護者の皆様に感謝をお伝えでき、喜ばしい限りでした。今年度の卒業生・修了生の皆さんは、新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、感染対策と制限下での学修や研究活動、自粛生活を余儀なくされました。しかしそのような状況にあっても目標を失わず、一人の落伍者も出すことなく、卒業生・修了生を送り出すことができ感謝の気持ちで一杯です。

 

卒業式・修了式は、10年前に東日本大震災が発生した3月11日でした。そして今私たちは、新型コロナウイルスの感染拡大の渦中にいます。第4波のリスクも高まってきています。このままコロナ前に戻るならば、人類を襲う、さらに深刻な事態が生じることは間違いないと危機感を覚えます。これからは、自然と共存し、人の命と生活と幸福を重視する価値観や政策への転換をはかる「保健医療福祉・教育の時代」に進むべきです。その未来の方向性を変える歴史的な転換期に立っていると感じます。その未来を築くことができるのは、卒業生・修了生の皆さんです。卒業生・修了生の皆さんが、建学の精神である「生命の尊厳と隣人愛」を実践し、保健医療福祉・教育の時代を拓く現代のクリストファーの如く活躍されることを願っています。

2021年2月26日 (金)

ポストコロナは、保健医療福祉・教育の時代

2月17日、日本でも医療従事者を対象に、新型コロナウイルスのワクチン接種が始まりました。収束に向けての明るい兆しが見えてきたように思います。しかし、今回の百年に一度のパンデミックの教訓を決して忘れてはなりません。このままコロナ前に戻るならば、人類を襲うさらに深刻な事態が生じることは間違いないでしょう。

 

教訓の一つは、自然の脅威に対して社会システムがいかに脆弱であったか、人間の命や健康、生活や幸福がいかに脆く壊れやすいものであったかということです。特に、保健医療や介護の崩壊、貧困や格差、孤立や虐待など、私たちの命と生活に直結するいろいろな問題が浮き彫りになっています。その要因は、環境破壊を続ける人間の過信や傲慢さ、経済合理主義を優先して人間の生命や健康、生活や福祉を守る政策を後回しにしてきた社会政策、また保健医療福祉の仕事を過小評価し、この分野と人材育成に投資してこなかったツケではないでしょうか。今回の感染症の発生と拡大、それに伴う社会の混乱は起こるべくして起こった、その予兆を察知しながらも見てみぬふりをしていたといえます。コロナを契機にこれからは、「自然との共生」「命の経済と政策」を重視した「保健医療福祉・教育の時代」と進むでしょう。経済合理主義から脱し、自然との共存、人の生命と生活と幸福を重視した価値観と経済及び政策の転換をめざすべきだと思います。

 

コロナ禍で、「エッセンシャル・ワーカー」という言葉が話題になりました。「私たちの生活や社会機能を維持するために必要不可欠な仕事、その仕事を担う人」という意味です。保健医療福祉の現場では、今この時も、医療職や介護や福祉職の方々が感染リスクを引き受けて、不安や恐怖を抱えながらもそれに耐え、与えられた責任と使命を果たそうと懸命に仕事をされています。目立つことなく華やかでもありませんが、このような仕事を担う人がいなければ、人の命や健康や生活はもちろんのこと、この社会も根底から崩れてしまいます。いかに科学技術が発展しても、人を愛する心を持った人間の手によってでしか行えない仕事です。保健医療福祉・教育の仕事の価値を大切にする社会であって欲しいと願います。

 

間もなく本学からも、「保健医療福祉・教育の時代」を担う卒業生・修了生が旅立ちます。建学の精神である「生命の尊厳と隣人愛」の精神を実践し、人々の命と健康と生活を守り、社会の安寧と発展に尽くされます。活躍を祈念いたします。

2021年1月28日 (木)

「冬来りなば 春遠からじ」

2019年12月末に発生した新型コロナウイルスは、瞬く間に世界を制圧し、今もなお終息の兆しは見通せない状況です。年が明けてからは、保健医療福祉体制の崩壊危機が深刻化し、11日には首都圏1都3県に、加えて14日には2府5県に、2回目の緊急事態宣言が発出されました。感染の恐れとともに、自由が奪われ、家族や近親者との別離や隔離が続き、この事態が容易には過ぎ去らないことを思い知らされています。この苦痛と困難な生活、忍耐と希望への足踏みはいつまで続くのでしょう。

 

“冬来りなば 春遠からじ”、この原文は、イギリスの詩人シェリーの「西風に寄せる歌」の一節“If winter comes, can spring be far behind?”に基づくものだそうです。美しい日本語に翻訳され、春の訪れを待ちわびるあたたかい心になります。一方、原文は疑問文となっています。“冬が来れば、春が間もなく訪れるだろうか?”この疑問文には、困難や苦悩を乗り越えた先の期待や希望に加え、それが叶えられない焦燥や失望をも読み取れるように思います。

何かを「待ち望むこと」は、期待や希望、願いと祈りであると同時に、焦燥や失望、怒りや苦痛といった感情も生起されます。私たちは、「待ち望むこと」にどのように耐え、また支えることができるでしょう。今は、苦痛や困難や試練の意味を見いだすことが難しいかもしれない。でも、“後に分かるようになる。その意味を見いだせるようになる。”そう信じることができれば、それに耐え、希望を見出すことができるのではないか。

 

そのためには、経済合理主義優先の社会から、自然との共存、人の生命と生活と幸福を重視した価値観と社会の転換に向かって行動しなければならないでしょう。今年は、私たちの未来の方向性を変える大切な分岐点になるに違いありません。コロナ前に戻るのか、新しい未来を築くのか、その道を選ぶ時です。