2018年4月27日 (金)

「選ばれし者」

2018年度は、看護学部174名、社会福祉学部63名、リハビリテーション学部111名、助産学専攻科17名、大学院博士前期課程24名、博士後期課程12名の新入生を迎えました。新入生の皆さんが、保健医療福祉の未来を担い、聖隷の歴史と伝統を継承し、また自らの手によっても新たな歴史を創り上げていかれることを祈念いたします。

4月5日に挙行した入学式での学長式辞を掲載いたします。

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本日ここに、聖隷の精神と歴史をつなぐ、新入生の皆さんを、私たち聖隷クリストファー大学に迎えることができ、喜びと感謝の念に堪えません。401名の新入生の皆さん、ご入学、おめでとうございます。皆さんの入学を心より祝福し、歓迎を申し上げます。そして、これまで皆さんを支え、この晴れの日をお迎えになった、ご家族の皆さまにも、お祝いと感謝の気持ちをお伝えします。また、本日ご多用のなかご臨席くださいました、ご来賓の方々に、心よりお礼を申し上げます。今後とも、保健医療福祉の未来を担う、学生へのご支援をお願いいたします。

本学は、1949年の開学以来、キリスト教精神に基づく「生命の尊厳と隣人愛」を建学の精神として、保健医療福祉の人材養成に努めて参りました。今日では、看護学部・社会福祉学部・リハビリテーション学部の3学部と助産学専攻科、そして大学院博士前後期課程をも有する保健医療福祉の総合大学に発展しています。新入生の皆さんには、本学の恵まれた教育・研究と実践の環境を主体的に活用し、建学の精神に裏付けられ高い知識と技術を有する保健医療福祉の専門職業人に成長されますことを期待いたします。

さて、新入生の皆さんには、この入学式にあたって、私たちに与えられた3つの使命を、心に留め置いていただきたいと願います。

1つ目は、本学の建学の精神である「生命の尊厳と隣人愛」についてです。

まず皆さんには、聖隷の歴史は、「愛」の実践から始まったことを知ってほしいと思います。1930年、聖隷の事業は、当時まだ不治の病で、感染の恐怖から家族からも見捨てられ、住むところもなく、食べることもできなくなった結核病患者の方々と、共に生きることから始まりました。その運営は、筆舌に尽くせない迫害と困窮・困難を極めるに至ります。しかし、そのような中にあっても、先人はまさに聖なる神様の奴隷として、自らのすべてを犠牲に、一人ひとりの患者さんに愛を尽くされました。本学で学ぶ私たちは、先人が身をもって示した、この自己犠牲に基づく「隣人愛」の精神を深く理解し、実践できるよう努めていかなければなりません。しかし、利己心を超えて、隣人に尽くすことは決して容易なことではありません。されど、先人の生き方から自分自身の生き方を学び、隣人に労を厭わず愛を尽くすように努めていくことで、「隣人愛」を生きる人間に、自分自身を造り上げていくことができるでしょう。

2つ目は、保健医療福祉の専門職業人としての使命についてです。

本日皆さんは、「保健医療福祉の専門職業人プロフェッショナルになる」という明確な目標と、貴い使命を心に抱き、今日の日を迎えられました。人々の生命と生活を守り支える皆さんの使命は、価値高く献身に値するものです。しかし、プロフェッショナルには、学修者としての謙虚さと意志の強さ、専門職業人としての責任と社会性と倫理性、そして専門的な知識と技術の修得が必要です。その道は決して平坦ではなく、多くの困難や挫折があり、また長い道のりでもあります。しかしまた、プロフェッショナルとして、自分自身の能力を長期的な視点で開発していく道こそ、私たちは大切にしなければなりません。皆さんが、今日この場合の初心を深く心に刻み、生涯にわたる自己研鑚の道を歩まれることを願います。

3つ目の使命は、自己成長に対する責任についてです。

自己の成長は、自らに、その責任を負わなければなりません。皆さんには、失敗を恐れず、果断に挑戦する勇気をもってほしいと願いします。挑戦することは、必ずそこに苦しさや辛さ、悔恨の思いに打ちひしがれることもありましょう。しかし、その苦い経験の中から、成長を汲み出すことができると思います。私は、人間の弱さの中にこそ、真の人間の強さを見いだすことができると信じます。皆さんが試行錯誤を楽しみ、日々悩み、今日は昨日でない自分に、明日は今日でない自分に、自己成長されることを期待いたします。

本学は今、アジアを中心とした大学や研究機関との交流を促進し、グローバル化の発展に挑戦をしています。本年度も、中国とベトナムからお二人の留学生を迎えました。お二人の勇気ある挑戦を讃えたいと思います。

Ms. Nguyen Thi(グェン・ティ)and Ms.Yang(ヤン), welcome to Seirei Christopher University. I'd like to express my great pleasure and honor for your decision and courage to try overseas study at our university. I sincerely hope for your success and your country's success through these studies and experiences. Also, I hope you'll become a bridge between our countries.

さて大学院入学の皆さん、皆さんには、より高度の専門的知識と技術の修得を目指されます。ソクラテスは、「真の賢者は、己の愚(おろかさ)を知る者なり」と言います。皆さんは、自らの無知を自覚する謙虚さと、知を探求する真摯さを持った「philosophia(知を愛する人)」であると言えましょう。また、トマス・アクイナスは、「知識があっても、その用い方を知らなければ、不十分な知識をもっているに過ぎない」と言います。大学院生の皆さんが、新たな知の創造と技術の開発を目指し、また高い倫理性を備えた高度専門職業人、研究者・教育者に成長されることを願います。

結びに、イエス・キリストが最後の晩餐で、弟子に語った言葉を引用いたします。

『あなた方が、わたしを選んだのではない。わたしが、あなた方を選んだのである。それは、あなたがたが行って実を結び、その実がいつまでも残るためである』。

新入生の皆さんが、選ばれし者として、「隣人愛と知の技」を磨き、人々を安寧と幸福に導く「現代のクリストファー」に成長されますことを祈念いたします。

皆さんの挑戦する勇気と、困難に立ち向かう力を祝します。

2018年4月5日

聖隷クリストファー大学 学長

大城昌平

2018年3月14日 (水)

2017年度卒業式・修了式:未来への継承

3月5日、2017年度の卒業式・修了式を挙行いたしました。看護学部151名、社会福祉学部101名、リハビリテーション学部92名、助産学専攻科17名、大学院博士前後期課程16名が、聖隷の精神を胸に社会に巣立ちました。皆さんの自信と誇りに輝いた笑顔が心に残ります。以下に、学長式辞を掲載いたします。

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2017年度卒業式・修了式 学長式辞

70年前、私たちの先人は、三方原の地に「聖隷学園」を誕生させました。キリストの教えに基づいた、隣人愛に捧げられた学園です。そして今ここに、その信条を受け継ぐ卒業生・修了生の皆さんを、社会に送り出すことができ、感謝の念に堪えません。

本日、本学の学位授与方針に基づき、学士の学位を授与された学部卒業の皆さん、助産学専攻科修了の皆さん、修士並びに博士の学位を授与された大学院修了の皆さん、これまで皆さんが尽くされた努力と研鑽、そしてその成長に、心から敬意を表します。

そして、今日まで、皆さんの全てを支えてこられました、ご家族の皆様にも、深く感謝とお喜びを申し上げます。

また、日頃より本学の教育研究並びに諸活動にご支援・ご指導を頂いています、病院施設・諸団体の皆様、非常勤講師の先生方、地域の方々に、厚くお礼を申し上げます。

さて皆さんは、本日より本学の建学の精神である、キリスト教精神に基づく「生命の尊厳と隣人愛」に裏付けられた、保健医療福祉の専門職業人としての道を歩み出されます。本日、この新たな旅立ちの場において、今一度、私たちが何者であるか、本学での学びを再確認しなければなりません。

聖隷の歴史には、はじめに愛がありました。1930年、聖隷の事業は、当時まだ不治の病で感染の恐怖から忌み嫌われた、ひとりの結核病患者の療養支援から始まりました。その運営は、度重なる迫害と、困窮、困難を極めるに至ります。しかし、そのような中にあっても、先人は自らの全てを尽くし、身をもって隣人愛とは何かを示されました。本学には、この自己犠牲に基づく隣人愛の精神が、脈々と受け継がれてきました。私たちは、この聖隷の精神と歴史を、過去に作り出されたものではなく、自らの手によって、生きたものとして、未来へ継承していかなければなりません。

しかしながら、「隣人愛」の精神を、言葉としてではなく、生きた行為とすることは、決して容易なことではありません。

1953年、今日の聖隷グループの前身である当時の聖隷保養園に、ドイツからディアコニッセのハニ・ウォルフ姉妹を迎えました(ディアコニッセとは女性奉仕者をいい、姉妹は同士という意味です)。このハニ姉妹の手によって、私たちが実習等でお世話になっています、日本で最初の特別養護老人ホーム「十字の園」が設立されました。当時一緒に働かれた鈴木唯男先生は、このハニ姉妹から看護やケアの本質を学んだと、以下のように残されています。

引用いたします。尚、文中の「看護」という言葉は、リハビリテーションや福祉とも置き換えることができます。

<私たちはつい、大勢の患者さんの仕事をしていて、その仕事は流れていく。一人ひとりの患者さんに対する、心への呼びかけがないまま、仕事が流れていく。しかし、ハニ姉妹の態度から、看護はついでにしてはならないと、厳しく教えられた。ハニ姉妹は、一人ひとり新しい感覚で、その人の具体的な事実にふれて、はじめて「いかがですか」という言葉を発するのです。人格的なつながりが出来た上で、呼びかけをするということを、きちんとしていました。ほとんど私たちの仕事は、何も見ない、何も触れない、何もつながらない心で、「いかがですか」という言葉だけが、虚しく流れていきます。・・・・相手の心に染みわたるような、そして相手の心にうずきつづけるような、出会いや語りかけをするということが、どうしても必要です。いくら出会っても、それが流れてしまう、そういう出会いでは、そこに人格的なつながりは生まれてきません。本当の苦しみや悲しみが、そこでは感じ取れない、看護の対象にならないことを私は厳しく学んだ。> 以上です。

看護やリハビリテーション、福祉の仕事は、ついでにしてはならい、忙しいからという姿勢のままでしてはならない、目の前の、その人の心を感じ、寄り添い、何事も愛をもって行おうと努める。それが私たちの仕事の基本であり、「隣人愛」を実践することにつながるでしょう。

さて、大学院を修了された皆さんは、高度専門職業人、研究者・教育者として、倫理性と科学性、そして奥深い学識を修得されました。心より敬意を表します。これから皆さんには、各専門分野や組織のリーダーとしての活躍が期待されます。リーダーに求められる資質は、多々いわれますが、私がその一つをあげるならば、「創造的知性」を挙げたいと思います。哲学者ベルクソンは、現代の知性について、「思索人の如く行動し、行動人の如く思索する」と言います。創造的知性とは、新たな価値を生み出す構想力と行動力といえます。皆さんの精神性と学識、そして創造的知性を発揮され、それぞれの学問分野、組織、社会の発展に貢献されますことを期待いたします。

人間の生命や生活は、最も貴いものです。皆さんは、それを守り支える最高に貴い仕事に生きられます。しかし、貴いが故に、その道には多くの暗きがありましょう。

結びに、私たちが学んだ、長谷川保先生からの聖句を送ります。

暗きは必ず我をおおい、我をかこめる光は、夜とならんと我いうとも、

汝のみまえには、暗きものを隠すことなく、夜も昼の如くに輝けり

さあー、卒業生、修了生の皆さん、「隣人愛と知の技」で、与えられた使命に生き、人々の安寧と幸福を導く、クリストファーの道を歩み続けられますことを祈ります。

皆さんの、栄えある未来を祝します。

2018年3月5日

聖隷クリストファー大学 学長 大城昌平

2018年2月 5日 (月)

AIと人を支える仕事

1月2月は入試シーズンです。本学でも1月13〜14日はセンター試験会場となり、多くの受験生を迎えました。そして、2月1日は前期入試を行いました。今年度は12月9日に奨学生入試を実施した関係から受験生が分散しましたが、全体として例年並みの受験者動向でした。受験生の皆さんそれぞれが、希望に満ちた春を迎えられることを祈念いたします。 

急速に人口減少が進む中、産業界では人手不足が大きな問題となっています。それを補うため、IT(情報技術)やAI(人工知能)の技術革新が進み、最近では近い将来無くなる仕事というセンセーショナルなニュースが度々報道されています。現在では花形の仕事もロボットやAIが雇用を奪いかねないといわれています。一方、人の健康や生活、社会参加を支える看護師やリハビリテーションの専門職者(理学療法士・作業療法士・言語聴覚士)、介護福祉士などは、人の手でなくてはならない、機械やテクノロジーでは決して補えない仕事です。それは、それらの仕事が人の痛みや苦しみ、喜びを感じとり、手を差し伸べる人間特有の創造的な仕事だからです。 

2025年には65歳以上の高齢者が30%を占めるようになります。高齢化が進むにつれ、元気な高齢者が増える一方、病気や障がい、生活に困難を抱えた人々も確実に増えていきます。近い将来、このような人々を支える仕事の価値が高まる時代になると予測されます。しかし、その認識は、当事者でなければまだまだ不足しているように思われます。人々を支える仕事の大切さ、それを担う人材養成を社会全体で考えなければなりません。 

これから世の中がどのように進んでいくのか、私たちはその分岐点にいます。そのような中、その変化の方向を俯瞰するとともに、より大切なことは人々や社会の必要は何かを考え果敢に挑戦することでしょう。その上で、進学や進路を考えてほしいと願います。

2018年1月 9日 (火)

2018年の座右の言葉 不易流行

新しい年を迎え、皆さんも今年の目標や計画を掲げられていることと思います。私は、年のはじめに、新しい手帳の裏表紙にその年の行動指標となる言葉を記述することにしています。昨年は、ベルクソンの「思索人のごとく行動し、行動人のごとく思索する」という言葉でした。今年は、松尾芭蕉の「不易流行」という言葉を書き留めました。

 

不易流行とは、時代を越えて変えてはならない本質的な事柄のなかにも、時代の流れによって発展を目指して新しい物事を取り入れていくことです。本学に照らし合わせると、過去−現在−未来を通して遵守尊重しなければならない建学の精神と、社会の要請に応え対応すべく教育研究並びに諸活動のイノベーションと言えます。

 

昨年、私は本学の国際化のため、シンガポール、中国、ベトナムに出かけました。いずれの国も、前年に訪問した時に比べ社会全体が発展し、訪問した大学での教員・学生の新しい知識と技術に対する貪欲なモチベーションと、それに伴うイノベーションが刺激的でした。「このままでは日本は取り残される」と実感した次第です。次代に適した保健医療福祉を担うイノベーションには、パートナーシップとリーダーシップによって、新たな価値の創造を目指すことが必要でしょう。

 

本学は昨年、新しい中長期事業計画「未来創造躍進プラン」を策定しました。その基盤は、建学の精神であるキリスト教精に基づく「生命の尊厳と隣人愛」を教育研究並びに諸活動の中心として遵守尊重した上で、本学の独創性の確立と新しい価値創造を目指すことです。昨年は、その目標に向かって、多くの種を蒔いたチャレンジングな一年でした。国内外の教育機関や自治体、企業、大学との新しいパートナーシップの開拓と協定締結、本学の強みと独創性を打ち出す教育カリキュラムの策定、国際コースの設計、教育研究環境の基盤整備などなどです。そして、その背景には、ステータス・クオ(現状維持)を良しとせず、「思索人のごとく行動し、行動人のごとく思索する」という学長である私のリーダーシップもまた問われた年でもありました。今年は、その種が実をつけるよう、迅速にPDCAサイクルを回して事業を推進していかなければなりません。その過程では困難や課題もあるでしょう。しかし、メンタリティを維持し、その過程を推進力としたいと思います。

 

本学の歴史もまた、決断と実行による新たな価値創造とイノベーションでした。不易流行の言葉を座右におき、この一年もまたチャレンジングな年としたいと思います。

 

今年もまた本学の教育研究並びに諸活動に、ご支援をお願いいたします。

皆様のご多幸とご健勝を祈念いたします。

2017年11月30日 (木)

 「聖灯祭」

この11月は毎年、聖灯祭(学園祭)とホームカミングデー(同窓会)が同時開催されます。聖灯祭は在学生を中心に、近隣の病院・施設の方々、地域住民の皆様、卒業生や退職教員の方々が集う、本学ならではの祭典です。今年度の聖灯祭のテーマは「~Sense of unity~」でした。それには、一体感や連帯感、結束感という意味があるそうです。実行委員の皆さんは、このテーマに在学生や卒業生・退職教員、近隣の病院・施設や地域住民の方々と一緒になって楽しむという意味を込めたそうです。本学らしい希望に満ちたテーマだと感心しました。

 最近、「多様性」という言葉が良く聞かれます。一般的に、生物では多様性が高いほど、生態系の安定性が増大する傾向にあると考えられています。多様性に富んだ複雑系では、動的な秩序が生まれる(創発)と言われます。私たちも、一人ひとり異なったユニークさを持ち、多様性に富んだなかで生活や仕事をしています。そのような中にあって、さまざまな違いを尊重し受け入れ、その違いを積極的に活かすことが、新たな社会を創り上げるうえで大切です。本学の聖灯祭には、病気やハンディキャップを持たれた方々も多く来学され、出店されたり作品を展示されたりもします。本学ならではです。在学生は、聖灯祭でのいろいろな方々との出会いをとおしても、一人ひとりを大切にする愛の心を学ぶことでしょう。

 「最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。」一人ひとりの患者様、対象者の方々、学生の皆さん、教職員への愛を豊かに持ち大切にしたいと願います。

2017年10月26日 (木)

「Loved one、Lovely one、Loving person」

先日、第62回日本新生児成育医学会・学術集会において、「赤ちゃんと家族のあたたかな心を育むディベロプメンタルケア」と題した教育講演を行う機会をいただきました。早産・低出生体重児の新生児期のケアに関する講演で、赤ちゃんと両親・家族の関係性を大切にした、赤ちゃんの脳と身体と心の発達に寄り添うディベロプメンタルケア(発達支援的ケア)が、あたたかな心を育むうえで大切であるという内容です。

あたたかな心とは、他者への共感と思いやり、愛の心です。その愛の心は、赤ちゃんも私たちも、両親や他者から愛を与えられることで育まれていきます。愛された人(loved one)は、自分自身をも愛すべき者(lovely one)へ、そしてやがて人を愛する者(loving person)へと成長していきます。赤ちゃんは、そのような他者からの愛を本能的に感じ取る力とミラーニューロンという神経機構を有し、愛することを学ぶのです。

このような私と他者の関係は、私と神様の関係でもあると言えましょう。聖隷の先人は、私を神様から愛された存在として深く認識していたように思います。それゆえに、如何なる困窮や困難にも耐え得る自己を確立し、自己を犠牲にして隣人に愛を施すことができたのだと思います。このことは、対人援助職者としての私と患者さんや対象者の関係でもあります。自分が他者から愛されている存在であると自覚することは、対象者の心にも愛の心を芽生えさせ、生きる希望と勇気につながることでしょう。本学の建学の精神である「自分のように、あなたの隣人を愛しなさい」という教えはこのことを示していると理解できます。

 

古生物学者・地質学者であり宗教家でもあったテイヤール・ド・シャルダンは、「人生はただ一つの義務しかない。それは愛することを学ぶことだ。人生にはただ一つの幸福しかない。それは愛することを知ることだ。」と言います。学生の皆さんには、本学での学びを通して、愛ある専門職業人に成長してほしいと願います。

2017年9月20日 (水)

「同窓会in 東京」:歴史と伝統と創造

先日、「同窓会in 東京」が開催されました。本学では毎年、本学においてホームカミングデーという同窓会行事を行っていますが、今回はじめて学外での開催でした。会には、1969年に創立された聖隷学園浜松衛生短期大学卒業生、福祉医療ヘルパー学園の卒業生、聖隷クリストファー看護大学の卒業生、そして現在の聖隷クリストファー大学の卒業生の皆さんが参加されました。卒業後初めて再会された同級生の皆さんも、聖隷学園時代にタイムスリップしたように、学生時代の思い出や長谷川保先生はじめ当時の先生方の話で盛り上がり、聖隷の歴史を伺い知り大変楽しい会でした。そして、皆さんが聖隷の隣人愛の精神を今日も大切にされ、その精神が日々の仕事に生かされていること、聖隷の卒業生であることに自信と誇りを持っておられることがひしひしと伝わってきました。時代を越えて、聖隷の精神が脈々と受け継がれ、聖隷のタネが各地で実っていることを実感しました。

 

本学は、時代の要請に応えて幾度かの改革を経て、現在の国内屈指の保健医療福祉の総合大学に発展しました。開学当初の卒業生の皆さんが、奇跡のような発展ですねと言われるように。しかし、そのような幾度かの変遷を得たなかでも、聖隷の建学の精神である生命の尊厳と隣人愛の精神は脈々と、ぶどうの木のように受け継がれ根を張っています。

私たちは、その歴史と伝統を引き続き、その精神をつないでいかなければなりません。そのためには、先人や卒業生の皆さんから受け継がれてきた歴史と伝統を、受け身にして甘んじるのではなく、その根底に流れる精神を遵守尊重するとともに、時代の要請に応じて新しい物事を創造していかなければなりません。創造なくして伝統なしと言えます。

 

卒業生の皆さん、またお会いする機会を楽しみにしています。皆さんが遠く離れても、つながっていてくださることを心に留めて、建学の精神を大切にして新たな創造・発展を目指します。

2017年8月 3日 (木)

ぶどうの木

7月18日、聖路加国際病院名誉院長の日野原重明先生が召天されました。深く哀悼の意を表します。

 

本学は、日野原先生とは深いご縁に支えられてきました。本学の歴代学長は聖路加(現:聖路加国際大学)のご出身で、看護学部教員の多くも同校の卒業生です。また前学長の小島操子先生は、日野原先生に師事し、「サイエンスとアート」ということを常に触れられていました。このサイエンスとアートは、日野原先生が尊敬されていたウィリアム・オスラー医師の「医学はサイエンスに基礎をおくアートである」の言葉を、日野原先生が日々実践されていたことでもあります。保健医療福祉の専門職者は、何よりも、アートに支えられた豊かな人間性を身に付けなればならなりません。

 

私は日野原先生とは数度しかお会いしたことがありませんが、あたたかく穏やかな深い愛を感じる先生でした。それは、キリスト教への深い信仰が先生のアイデンティティーにつながっていたのだと思います。先生が好きな聖句に、『わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。』(ヨハネ福音書15章5節)があると聞いたことがあります。この「わたし」とはイエス・キリストです。先生はイエスの愛につながってこられたのでしょう。そして、続いて17節には「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい」という聖句があり、これは本学の建学の精神でもあります。先生もまた、イエスの愛につながり支えられ、その愛を隣人に注がれました。先生は、キリスト教信仰に基づいて立った方にこそ備え得る「愛」によって、「光」となられた方であったと思います。

2017年7月 3日 (月)

恩師の心に響く言葉:富士山よりも高く大きく

先日、恩師の慶事があり三島を訪れました。薄曇の中、新幹線の車窓から、いつもの在る雄大な富士山を眺めることができました。富士山を眺めると、日本人としてのidentityと安心感を覚えます。富士山には、「子抱き富士(こだきふじ)」という呼び名があるそうです。富士山には、私たち日本人を包み込む母の優しさと偉大さがあると感じます。 

慶事の席、恩師の石井俊夫先生(元三島総合病院リハビリテーション部長)と雑談のときに、「富士山よりも高く大きいよ!」という言葉をお聞きした。話の文脈は、人材の育成であったように思います。石井先生は、永くこの地でリハビリテーション医療に携わり、また静岡県理学療法士協会会長としても理学療法の発展と理学療法士の育成に貢献されました。今日の静岡県のリハビリテーション医療及び理学療法の発展は、先生の働きなくしてはなし得なかったと思います。言わば、静岡県の理学療法の発展の祖と云っても過言ではありません。 

先生が発せられた、「富士山よりも高く大きいよ!」という言葉は、何気ない言葉であったように思います。しかし、先生の人柄が良く表された大変意義深いものであると感じました。先生は当地で生まれ育ち、就労され、そして多くの後輩を育成されました。そしてそこには、いつも優しく雄大な富士山があって、苦楽をともにされたと思います。その言葉は、人材育成には、富士山のようにそこにあって見守り、人を包み込む指導者の愛、そして高く大きな志を育てることの大切さを表現されたのでしょう。 

大学の窓から、遠く富士山を眺望することができます。「富士山よりも高く大きいよ!」学生教育にも活かしたい心に響く言葉でした。

2017年6月 7日 (水)

「大学での学び」

新緑が色を増し、色鮮やかなアジサイが咲き始めています。アジサイの花色は多様性に富み、それでいて調和を感じます。この爽やかなひとときが過ぎれば、梅雨、そして厳しい暑さを迎えます。今このときから、心身と生活を整えておくことが必要でしょう。

 

今回は、大学での学びについて考えてみたいと思います。孔子の「論語」には、「最初は学を努め、次に学を好み、最後に学を楽しむ」とあります。学生の皆さんは「学を努め、学を好む」という段階でしょうか。これが、卒業時には「学を楽しむ」ところまで到達していただくことを期待しています。

 

学を楽しむには、日々の学修を積み重ね、主体的に学ぶことが大切です。主体的な学びでは、今ある知識を単に覚えることが目標ではなく、知と知を総合し、新たな知の創造を目指すことです。ここでは、教員の役割は知識を伝授することではなく、教員自身の知識や研究・臨床の経験を活かして、物事の考え方、発想、倫理、実践を示し、多様性を大切にして自分を超える学生を育てることです。学びの主役は学生の皆さんです。教員はそれを支える舞台となって、自己を犠牲にしなければなりません。

 

このように、大学での学びは学生・学友・教員がともに新たな知をco-creation共創し、未来へ開かれた窓として学生の可能性を引き出すものでなくてはならないと思います。学を楽しみ、皆さん自らの手で、未来の保健医療福祉のイノベーションをリードしていっていただくことを願います。